2021-06-17 第204回国会 参議院 議院運営委員会 閉会後第1号
普通の感覚では到底理解できないこの文脈ですが、この永田町かいわいでは、さもありなんと受け止められる方もいらっしゃいます。 五輪開催まであと三十六日にも迫っているにもかかわらず、菅総理は今開催する意義というのをお答えになっておりません。西村大臣も、世界的パンデミックの中にあるこの開催にもかかわらず、安心、安全の感染症対策の具体というのを答えられないままであります。
普通の感覚では到底理解できないこの文脈ですが、この永田町かいわいでは、さもありなんと受け止められる方もいらっしゃいます。 五輪開催まであと三十六日にも迫っているにもかかわらず、菅総理は今開催する意義というのをお答えになっておりません。西村大臣も、世界的パンデミックの中にあるこの開催にもかかわらず、安心、安全の感染症対策の具体というのを答えられないままであります。
昨日、私も、生殖補助医療で生まれた子供の親子関係を明確にするための民法特例法案を議員立法で参議院に共同提出させていただきましたが、これほどまでにこの永田町かいわいで、日々、精子とか卵子とか、そういったもののワードが飛び交うというのはいまだかつてなかったんじゃないかなというふうに思います。
まず、大変、一般の国民の方には余りいないんですが、永田町かいわいで誤解している方がいらっしゃるのでちゃんと申し上げておきますが、立憲民主党は、自衛隊のことを合憲だと思っておりますし、専守防衛に基づく一定の防衛力をしっかり持って自衛隊の皆さんには頑張っていただきたい、日米安全保障条約も当然維持していくという立場でございますので、時々誤解する方が、特にこちらの方にいらっしゃるので、しっかりと認識をしていただきたい
それ以降、官房長官の会見での質問あるいは国会での御質問というのがあって、要すれば、決裁文書ということがこの永田町かいわいで議論が起きてきたときに、決裁文書だ、そうだそうだと思って、そのときに確認をしたというふうに彼は言っているというのは私は承知しております。
今、この永田町かいわいが消費税の先送りに関して大変やかましい状況にあります。総理も何度も何度も同じことを聞かれて辟易としておられるかもしれませんが、ノーベル賞の学者まで呼んで勉強しておられて、彼らは全部やめておけと、こういうふうにおっしゃると。本田さんや浜田さん、総理のブレーンの方々も消費税は先送りするべきだと、こういうふうにおっしゃっています。
時間が減ってしまいましたので前置きは長くしない方がいいのかもしれませんが、私、地方議員上がりでありまして、大学時代は東京にいたんですが、東京は二十三区の端の方でありまして、この永田町かいわいというのは全く足を踏み入れたことがありませんでした。
私たちのこの永田町かいわいの悪いところでありますけれども、日本政府が何か新しいことを進めるというときには、必ず駄目だ駄目だと足を引っ張るグループが存在をする。しかし、中国さんが新しいことをやろうとすると、中身を知らないままに大きな拍手を送られる人たちが現に存在をする。この典型ではないかと、実はAIIBのことについて、私は、何といいますか、そう思っておる一人なんであります。
そして、左側の二つ、これは、この永田町かいわい、首相官邸も含めてたくさん見るものだと思うんですけれども、いろいろな、県警も含めて使われているのと同じ蛇腹のゲートでございます。
被曝による影響で鼻血が出たとも取れる作品中の表現に対しまして、デマだという説が一部ネット、一部メディアを通して流されまして、永田町かいわいでも風評被害だと断定するコメントも散見されました。 私が思うに、これは風評被害でも何でもないと思うんです、実害じゃないかと思うんですよね。何の実害なのか。
○柿澤委員 徐々に進めていく、環境整備をしながら、こういう話でありますけれども、とかく、この永田町かいわい、霞が関かいわいで中長期的な課題だというふうに位置づけられたものというのは、やるというような基本的な姿勢を見せつつ一向に着手をされない、こういうことになる場合があります。
この十年間、IT化とかeガバメントとか、そういう言葉がもうこの永田町かいわいを飛び交いながら、何のIT化もされず、旅費の精算に十九も二十も決裁印が必要な書類が回って、三か月以上も掛からないと決裁できないというようなことが一方であると。 これは公務員の方々にとってみれば、士気を阻喪し、やる気をなくする。
さて、今後の交通安全対策、そしてまた、そうはいっても、前も申し上げたとおり、信号機の要望、この永田町かいわいはございません。しかし、地方は全然この風景とは違います。信号機の要望が非常に強いということを実感しております。そういったことについての今後の対処も含めてお伺いをさせてください。
米軍所属のセスナ機がもしこの永田町かいわいに墜落、それも公務外であったとしたときに、この現場を押さえるとか、あるいは米兵の身柄を確保するとか、機材の現場における管理は当然警察当局の仕事と思っておりますが、この東京のこの永田町かいわいでそれが起こったときに日本政府としてどういう対応をされますか。そのことだけ最後にお伺いいたします。
これは昭和五年の、一九三〇年当時の皇居周辺の霞が関あるいは永田町かいわいの、今でいう住宅地図の感覚に近い図面でありましょうか。一連の資料を集めるに当たりまして国会図書館の担当御当局には大変な御尽力をいただきましたことに感謝を申し上げながら、資料を使わせていただくわけであります。 大臣、どうですか。当時、新議事堂というのがちょうど皇居の真下あたり、おへその下のあたりにありますね。
副大臣の方は、きょうはノーネクタイで、一つの、この永田町かいわいでパターン化されている服装をしているわけであります。 しかし、日本でこれだけいろいろ考えてやっていこうというときに、大国であるアメリカが京都議定書に対して批准をしていない。
これは、我々だけじゃないですよ、この永田町かいわいで、自民党の中にもいるんですからね。 私は、立派な我々の大臣ですから、そんなことはないと思っているんですけれども、以後、この事件というのは果たしてどうなったのかということをぜひ教えていただきたいというふうに思います。ちなみに、私、三回選挙をやって、一回しか当選させていただいていないんですけれども、私の場合は、違反は今のところはない。
内閣府の歴代の幹部及び国会、この国会であります、国会がそうした実態に十分に目を向けてこなかったことについて、この霞が関、永田町かいわいの我々住人は大いに反省する必要があると言えます。この件の詳細については後ほどゆっくりと御説明を申し上げます。
東京の霞が関、永田町かいわいのビルというのは非常にきちんと今整備されつつありますから、緊急の事態になったときにいつでも来られるというお役人にその近くに住んでもらう、そういうことの体制、それから、そういうことの訓練を繰り返す、そういうことが必要ではないかと思います。
○赤嶺委員 仮定と考えているのは、この永田町かいわいだけなんですよ。これが現実になるということをやはり沖縄の人たちは考えるのです。だから、これは仮定のことだとか民間の研究所の問題だとか、そういうようなところでこの問題をわきに置いてほしくない。 一九七一年、沖縄国会が開かれていたときに、当時の琉球政府の屋良主席は、沖縄問題についての祖国復帰に関する建議書というのを出しました。
特に、私もここに来まして、この永田町かいわいの官庁街の建物を見ますと、夜の随分遅くまで。